治療家を生業としていると、
- 春〜夏の大会シーズン
- 3月の卒業シーズン
この2つのシーズンは、学生との別れがやって来ます。
頑張る学生を最後までサポートすることで、やり遂げた達成感と同時に、少し寂しさを感じる事があります。
部活動を引退して受験勉強に専念する学生、卒業を機に、新天地に旅立つ学生。
様々な出来事があるので、最後の施術以降は会えない学生も多くいます。
先日、最後のレース前調整へ来てくれた学生と、その保護者の方から手紙を頂きました。

このブログを書いている時には返事も書き終え、頂いた手紙は大切に保管してあります。
返事を書きながら、治療家としてのスタートや、今に至るまでの振り返りをする機会となりました。
学生との出会い・サポート
遡ること6年半前、当時の私は若葉治療院に弟子入りして3ヶ月程、少しずつできる事が増えてきた頃でした。
とある日、師匠が不在となるため、旧富士院で任されたのがこの学生、先輩と協力して施術をしました。
この頃から定期的に、彼の施術に入ることがあり、免許取得後は、1から担当する機会が増えていました。
彼は非常に真面目な性格で、熱心に競技へ打ち込む素晴らしい姿勢を見せてくれました。
毎週の施術では、練習の様子や次のレース計画、セルフケアやトレーニング紹介など、競技に関わる様々な面でサポートを行いました。
保護者の方と話をする事も多く、いつも丁寧に対応していただきました。
私が富士院を始める時も、信頼して付いてきてくれました。
それからはサポートの距離も近くなり、高校最後の1年間は、緻密な計画を立てながら一緒に戦いました。
嬉しい時は一緒に喜び、苦しい時は一緒に悩み、まるで自分が競技をしているかの様な気持ちになりました。
彼が大学へ旅立つ前、同じ様に手紙を頂きました。
治療家となって初めて貰った手紙、今でも私にとっては宝物です。
次の舞台での活躍を楽しみにする反面、遠くへ行く事に心配しながら、最後の施術後に送り出したことを覚えています。

大学に進んでからのサポートはLINEが中心となり、練習の様子や今後のレース計画などを聞き、相談に乗る形でサポートしていました。
治療院へ顔を見せてくれる事もありましたが、時間が限られているため、そこまで頻繁には会えません。
最初は不安な事が多かったようで、
- 練習に付いていくのが大変
- ケガや疲れで練習が思うように継続できない
毎日のように連絡を取りながら、十分なサポートができないもどかしさと、彼が最後まで続けられるのか不安で一杯でした。
特に心配だったのは入部基準があったこと、彼は仮入部で始まったため、記録会は毎回ドキドキしながら速報を見ていました。
ケガで出場できなかった事や、コンディションが揃わずに記録が出しにくいレースだった事、簡単には走れずに様々な苦労があったと思います。
その苦労を乗り越え、無事に入部基準を突破した時、レース後に連絡がありました。
「ようやく箱根駅伝に向けてスタートができる」
そう思いながら、より一層遠方からのサポートに注力しました。
一方で、そこからも苦労の連続は変わらず、
- 調子が上がったところでケガをする
- 新しい種目への挑戦でトレーニングが変わった
- 学業との両立が大変
定期的に連絡を取りながら、少しでも確実にサポートができないかと模索しました。
学年が上がるにつれて
連絡を取りながらサポートを続け、治療院に来てくれた時には、施術やより具体的なアドバイスを行いました。
この機会は私にとっても貴重であり、大学での競技生活など、私が経験したことの無い世界を知るチャンスでもありました。
これらの話を聞いた上で、私なりに理論や考察を続け、より確実なサポートを提供できるようにフィードバックを貰いました。
中には、治療院で行ったアドバイスを考え直し、後でLINEをする事もあったので、トライアンドエラーでの調整だったと思います。
実際に、この取り組みやサポートがどこまで効果的だったのかは分かりません。
この時私にあったのは、選手の力になりたい、強い想いだけです。
ある時から、彼からの連絡や相談が少なくなった気がします。
それでも大事なレースや重要な場面では、変わらず連絡や施術の予約をしてくれました。
直接会う度に私が感じたのは、彼なら大丈夫だろうと言う安心感です。
最初は連絡が来る度に不安だったのが、次第に連絡が無くても安心でいられるようになりました。
何をすれば良いのか→自分で考えた計画で実行する
このように、自主性を感じられるような連絡が増えてきたのが、大きな理由だと思います。
最後のサポートを終えて
結果として箱根駅伝を走ることはできませんでしたが、彼は最後までチームのサポートをやり遂げました。
そしてその後、自身の最終レースとしてフルマラソンへ挑戦、最後の調整へ来てくれました。
春からの就職に向けて準備を続ける中での挑戦、調子はそこまで上がっていないようです。
このような状態でしたが、今までの彼とは違う姿がありました。
どこか強気で、今までのレースに向かう姿勢よりも自信を感じられました。
その姿を見て、私も最後の役目を終え、しっかり彼を送り出すことができたと思います。
一番長くサポートしてきた選手を送り出し、どこか寂しさを感じましたが、同時に達成感もありました。
手紙を書きながら
手紙を書きながら今までを振り返り、私は思いました。
治療家は誰かを支えるだけで無く、誰かに支えられている
私が技術や知識を磨くことができたのは、彼のサポート経験が大きく影響していると思います。
勿論、高校でのトレーナー活動や、日頃の治療院業務からも、新たな発見や技術の進歩を感じられることは多くあります。
様々な経験をした中でも、彼と一緒に走った6年間は、非常に大きな意味を持つと思います。
彼を支えたいと思う気持ちで努力を続けることが、知らない間に私自身の支えとなっていました。
これがもし、自身の為だけに努力を続けているなら、ここまで治療家を続けることはできなかったと思います。
この想いを忘れること無く、誰かの為に知識や技術を磨き続けなければなりません。
常に思っていますが、現状に満足したら治療家は終わりです。
過去を振り返ることで、知らぬ間に貴重な経験ができていた事に気がつきました。
ありがたいことに、富士院を始めた時よりも、支えなければならない患者さんや選手も多くなりました。
期待に応える為にも、まだまだ高みを目指します。
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